自責と他責



Pさんのお話です♪

*****

私たちはどうもできごとの責任の所在を追及するクセがあるようです。
その責任をなにかと外界のせいにしたり、ときには自分のせいにします。
それはごく普通のことですが、これが片寄ったり行き過ぎたりするとちょっとやっかいなことになります。

精神科のお医者さんにかかるとこれはもう立派な病気です。
なにごとも自分の責任と考える傾向の人は「神経症」。
すべて自分以外の責任と考える人は「性格障害」と診断されます。

「神経症」は責任のとりすぎ、「性格障害」は責任をとらなすぎ。
そして「性格障害」の方は不可能とまではいかないとしても、かなり治療に時間がかかるといいます。

というのは、すべての体験は自分の選択で、外の世界を変えたいなら自分の選択を変えるだけ、つまり選んだ責任は意識的にせよ無意識的にせよ自分の責任なのに、その責任を自分以外のところに求めるという根本的な間違いからスタートしているからです。

みなさんご存知のハワイ伝承の「ホ・オポノポノ」によると、私たちの目に入るものすべてが「自分の責任だ」ということです。

シリアの難民問題も、各地で起こるテロや戦争も、政府の不手際も全部自分の責任。

そのことを完全に理解できるのは私たちの精神的進化をもう少し待たなければならないかもしれません。

しかし、何でもかんでも外側のせいにしていては問題は解決できないことはわかります。


80年代に大活躍したテニスプレーヤー、ジョン・マッケンローは自分のせいで試合に負けたことは一度もありません。

負けた試合はというと、あるときは審判のレベルが低いせい、あるときはコートの整備が悪いせい、またあるときは観客のブーイングのせい、あるときはラケットのせい、あるときは気温のせい、あるときはカメラマンがしつこくつきまとったせい・・・・・・とにかく、自分のせいで試合に負けたことは一度もないのです。
いつも自分は完璧でした。

今にして思うと、これはマッケンローの自分に対する演出だったのかもしれません。
演出でないとしたら、あの厳しいスポーツ界で世界一になるのは難しいと思うのですが・・・・。

マッケンローのような人は周りにもたくさんいます。
モンスターペアレントと呼ばれる人たちもそうです。
自分の子どもは100%悪くなくて、変わるべきは学校や先生や友だちだと主張します。
この人たちは演出ではなくてたぶん本当にそう思っているかもしれません。

「外側を変えたければまず内側を変えろ」
古くから言われるこの言葉は真実だと思います。
すべてを他人のせいにしていたのでは状況は絶対に変わりません。
責めるのではなく、過去の経験を次への糧とするのです。
よい経験をしたとポジティブに受け止めることです。

とはいえ、すべて自分のせいと自責の念に駆られているのも問題です。
自責の念というのは、もうすんだことについてあれこれ思い悩むということです。
「あのときああすればよかった、こうすればよかった」と自分を責めても何も解決できません。
過去の失敗を責めているとまた同じ事を繰り返します。
というのは、ずっと失敗に焦点を合わせていることになるから。

言いたいのは、
過去の失敗で自分を責めるのではなく、「うまくいかないやり方を経験をした」と思いましょう。
状況を外側のせいにするのではなく、「自分の内側の再点検」をする機会を得たと考えましょう。
・・・・ということです。^^




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文 P.マッシロートニーさん  絵 ☆TOMOKO☆☆





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